2016年

2月

17日

自分の考えを人に押し付ける気はありません

こんにちは。

 

Dream Artの似顔絵師の佐伯祐一です。

 

 

先日、「予防線があなたの魅力を削っている」というタイトルのブログ記事を見つけて読んでみました。

 

その記事によると、自論を語るときに「考え方は人それぞれだけど」と付け足すのは、無駄なことなのだそうだ。

 

守りに入って自分が傷つくことを恐れて使っている言葉なのだと。

 

さらには、話しが間延びするだけの言葉なのだと。

 

 

果たして本当にそうなんでしょうか?

 

私は、この言葉は嫌いじゃありません。

 

人の意見を聞くときに、この言葉があるだけで真剣に聞く気になれます。

 

それは「考え方はそれぞれ」という言葉の中に「私の意見をあなたに押し付ける気はありませんよ。」と意味合いが含まれているからだと思います。

 

誰しも、人に意見を押し付けられるのは不快なことですよね。

 

たった数秒で、人を不快にさせないのであれば、それだけで、この言葉には十分意味があるのではないでしょうか?

 

私には人の気持ちがわかるような特殊能力はありませんが、最低限、自分がされたくないことは、人にしないようにしています。

 

だから、自論を言うときは「私の意見を押し付ける気はありませんよ。」という意思表示をします。

 

 

さらにその記事には、そんな前触れをする人に限って、自分の意見を変える気はさらさらないと書いてありました。

 

でもそれは、前触れをしない人も同じですよね。

 

それなら、話が間延びをしないほうがいいですか?

 

私はそれなら、数秒使って、人を不快にしないことを選びます。

 

自分の意見をいつも押し付けてくるような話し方をする人と付き合いたくないですしね。